久留米絣の魅力about kurumekasuri

綿100%でしっかり織られた丈夫な反物から作られることから、皮ふにやさしく、肌ざわりが良いです。
洗濯にも強く、着れば着るほど、肌になじみ柔らかくなります。流行に流されず、夏は涼やかで冬は暖かく、季節を問いません。

歴史

History

重要無形文化財である久留米絣

久留米絣は、江戸時代の終わり(1800年頃)井上伝という少女が12~13歳のころ、古着のあせたところに、白い斑点ができているのを見て、これをヒントに飛白(かすり)模様の着物を作る方法を発明しました。

その後、「からくり儀右衛門(ぎえもん)」とよばれた田中久重(たなかひさしげ)など、多くの人たちの創意工夫によって、今日の久留米絣ができるようになりました。

一番多くできたのは大正から昭和の初め頃で約220万反です。昭和30年頃から、生活様式の変化や、化学繊維(ナイロン・テトロンなど)の普及により、着物を着る人が少なくなり、現在では製作反数も約12万反と少なくなっています。

明治30年の久留米絣

  • 1799 久留米絣の創成
  • 1813 板締による絵絣考案
  • 1839 絵糸書による絵絣完成
  • 1846 小絣の創成
  • 1872 初めて紡績糸を使用
  • 1879 阿波藍の移入始まる
  • 1889 久留米紡績、設立
  • 1901 絣鑑定所設立
  • 1932 絣鑑定所廃止
  • 1938 国策により綿糸割当生産となる
  • 1943 綿糸割当廃止。久留米絣技術保存会発足
  • 1944 技術保存のため、綿糸特別提供を受ける
  • 1946 終戦後、第一回綿糸割当
  • 1949 綿糸統制廃止により、自由生産となる
  • 1957 国の重要無形文化財に指定
  • 1960 (財)久留米絣技術保存会設立 洋装店ミセス開店(1962年)
  • 1976 重要無形文化財久留米絣技術保持者会発足 久留米絣専門店「もめんや」開店(1968年)
  • 1989 技術研修生事業開始 加野而青堂に組織変更・名称変更(1987年)
  • 2012 公益財団法人 久留米絣技術保存会へ名称移行

Pattern

而青堂では明治、大正、昭和といった古代久留米絣を所蔵しております。
また、重要無形文化財の久留米絣も所蔵しておりこれらの貴重な絣の伝統を伝えて行く活動も行っております。

重要無形文化財としての久留米絣には次のような条件があります。

伝統工芸品

Traditional Crafts

而青堂が保有する歴史的な伝統工芸品の久留米絣を紹介します。
伝統工芸品として認められる久留米絣はすべて手織りで作られています。
ここで紹介する柄は而青堂オリジナルで、重要無形文化財技術保持者の小川内龍夫氏により織られた反物です。

明治(初期)

明治初期の頃は綿を手で紡いでいた為、太目の糸で粗めに織られています。

明治初期の久留米絣

明治(中期)

明治10年頃、鹿児島で紡績ができるようになり、久留米でも、その紡績糸を仕入れて織るようになりました。

明治中期の久留米絣

明治(後期)

この頃の絣は、時代背景を取り入れた文様が多くみられました。

明治後期の久留米絣

大正・昭和

大正・昭和(戦前)は、久留米絣の全盛期でした。 戦時中の統制にも、その技術を伝承する努力を続け、久留米絣は昭和32年に国の重要無形文化財に指定され、昭和51年には伝統的工芸品の指定も受けています。

しかし、戦中・戦後の物資不足の折、生活に根ざした生地であった久留米絣は赤ん坊のおむつなどにも再利用される程で、戦前までの生地はほとんど残っていません。

大正・昭和の久留米絣

現代

現代の久留米絣は着物、和服だけでなく、洋服や小物、雑貨にも利用され、普段の生活にも取り入れやすくなっています。

現代の久留米絣
現代の久留米絣
現代の久留米絣
現代の久留米絣
現代の久留米絣

加野而青堂の店頭

加野而青堂

〒818-0117 
福岡県太宰府市宰府2-7-25
TEL:092-921-3888

 Googlemap